主要論文内容解説

(プレスリリース)

世界CO2ゼロ排出を達成する新たなシナリオ

―直接空気回収・水素を用いた合成燃料(e-fuel)の活用―

ドキュメント

本成果は、日本時間2023年7月14日真夜0時にCell Pressが発行する国際学術誌『One Earth』にオンライン掲載されました。 

気温上昇を1.5℃に抑制するため、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書では、2050年頃に世界全体でのCO2排出量をゼロとする複数の代表的なシナリオが示されました。それらは、バイオマス・CO2回収貯留(CCS)による負の排出、民生や運輸等のエネルギー需要部門における急速な需要低減、電化技術への転換を必要としていますが、これらのシナリオの実現には多くの課題が指摘されてきました。本研究ではこれらに依存しない新たなゼロ排出シナリオとして、炭素回収利用(CCU)を活用するシナリオを提示しました。これは、大気中のCO2を直接回収する技術(DAC)と、再生可能エネルギー電力起源の水素を用いた合成燃料、いわゆるe-fuelを利用するものです。本研究の結果、このシナリオでは、合成燃料が世界のエネルギー需要の約3割に達し、電化等の急速な需要転換を回避しつつCO2ゼロ排出を達成し得ることが分かりました。他方、直接空気回収や太陽光・風力発電の急拡大を伴うため、必要となる追加費用は電化を用いたシナリオの約2倍となることも明らかになりました。このように、CCUシナリオは、需要転換等が遅れた場合の代替となり得る一方で課題も多いことから、電化等の対策も含めた包括的な戦略の重要性が示唆されました。 


Ken Oshiro, Shinichiro Fujimori, Tomoko Hasegawa, Shinichiro Asayama, Hiroto Shiraki, Kiyoshi Takahashi, Alternative, but expensive, energy transition scenario featuring

carbon capture and utilization can preserve existing energy demand technologies, One Earth, 2023


https://doi.org/10.1016/j.oneear.2023.06.005

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気候変動対策が引き起こす新たな問題:貧困増加の可能性

ドキュメント

本研究は7月7日に、国際研究雑誌『Sustainability Science』で発表されました。 

パリ協定やグラスゴー気候合意下の長期気候目標、いわゆる「1.5℃目標」については既に社会でもよく知られています。今回、新たな視点からこの問題を見つめ直す重要な研究結果が発表されました。それは「気候変動緩和策が貧困を悪化させる可能性がある」というものです。京都大学藤森教授の率いる、京都大学、立命館大学、国立環境研究所の研究チームは、パリ協定に基づく将来の気候変動緩和シナリオを分析し、それらが貧困にどのように影響するかを調査しました。その結果、2030年と2050年で、気候緩和策をとらないベースラインケースと比べて気候変動緩和策を行ったケースではそれぞれ6,500万人、1,800万人の貧困人口を増加させる可能性があることが明らかになりました。この増加の原因は主に2つあります。一つは、『所得効果』で、これは気候変動対策によるマクロ経済的な損失が所得を減少させる効果を指します。もう一つは『価格効果』で、炭素税導入などによる食料価格上昇が家計に影響を及ぼす効果を指しますこれらの影響は地域により異なりますが、特にアジアとアフリカで大きな影響が見られました。

それでは、貧困を増加させる可能性がある気候変動緩和策を、どのように進めていくべきなのでしょうか。本論文では、社会全体でのエネルギー需要の抑制、カーボンプライシングに依存しない削減策、炭素税収の再分配の工夫等を提案しています。また、一部の開発途上国について排出削減を減免することも一つの選択肢として挙げています。これらの研究結果から、1.5℃目標を達成するような排出削減策が必ずしも全ての人々にとって良い結果をもたらさない可能性があることが明らかになりました。気候変動対策を進めると同時に、その副作用をどう軽減するかも重要な課題となるということです。引き続き議論と研究が求められています。また、今回の研究では気候変動影響による貧困の増減は扱いませんでしたが、それらを考慮した研究も今後必要になると思われます。 


Shinichiro Fujimori, Tomoko Hasegawa, Ken Oshiro, Shiya Zhao, Katsuya Sasaki, Junya Takakura, Kiyoshi Takahashi, Potential side effects of climate change mitigation on poverty

 and countermeasures, Sustainability Science, 2023

https://doi.org/10.1007/s11625-023-01369-2

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社会経済・技術の変革による脱炭素化費用の低減 

ドキュメント

本研究成果は、2023年5月4日に、ネイチャー・パブリッシング・グループの 国際学術誌「Climate Action 」に発表されました。 

社会の脱炭素化には一定程度の費用がかかるとされています。例えば、カーボンニュートラル目標を達成するためには世界全体でおよそGDP 比3%程度の費用がかかるとされています。この経済的な負担は軽減できるのか、またそれはどのように実現できるのかという問いは、社会にとって非常に重要な課題です。 

都市環境工学専攻の藤森真一郎 准教授、大城賢 助教は、立命館大学の長谷川知子 准教授、国立環境研究所の高倉潤也 主任研究員、北海道大学の上田佳代 教授らとの共同研究により、社会変革や技術革新などによってこの経済的負担をどのくらい軽減できるか、また、その社会的な負担をゼロにできるとするとどのような条件が必要なのかを明らかにしました。①エネルギー需要の低下(エネルギー需要変革)、②エネルギー供給側の技術進歩(エネルギー供給変革)、③環境に配慮した食料システムへの移行(食の変革)、④脱炭素化投資の喚起による資本投資の増加(投資の好循環)といった社会的な施策を同時に導入した時のみ、経済的な負担がほぼゼロになるという結果となりました。この結果は、社会経済・技術的な施策が効果的な政策や人々の嗜好の変化、不確実な技術進歩などに依存するため、社会全体が総力をあげて取り組んでいくことの重要性を示唆しています。一方、世界全体の総和としては経済負担がゼロ以下になっても、地域によっては負担が大きなところがあり、格差や途上国の開発を考慮した包括的な視点も必要であることがわかりました。 

Shinichiro Fujimori, Ken Oshiro, Tomoko Hasegawa, Junya Takakura, Kayo Ueda, Climate change mitigation costs reduction caused by socioeconomic-technological transitions. npj Climate Action 2, 9, 2023

https://doi.org/10.1038/s44168-023-00041-w

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世界の脱炭素社会実現に向けた水素エネルギーの役割 ―電化・バイオマスも組み合わせた包括的なエネルギー政策が重要―

ドキュメント

本研究成果は、2022年3月2日に、国際学術誌「Applied Energy 」のオンライン版に掲載されました。 

都市環境工学専攻の大城賢 助教、藤森真一郎 准教授らの研究グループは、世界全域を対象に、今世紀半ばの脱炭素化目標に向けた水素エネルギーの役割を評価するため、シミュレーションモデルを用いた分析を行いました。その結果、2050年までに水素エネルギーは最大で世界のエネルギー需要の15%まで増加し、特に運輸・産業部門の脱炭素化に寄与し得ることが明らかとなりました。  


2015年に採択されたパリ協定では今世紀後半に温室効果ガス排出を正味ゼロとする目標が合意されました。その対策として、再生可能エネルギーでの発電等のエネルギー供給側の脱炭素化に加えて、エネルギー需要側も化石燃料から電気に切り替える「電化」が主要な対策とされています。しかし、電化が困難な分野(船舶・航空などの長距離輸送、高熱需要の工業炉等)での排出削減が課題とされています。その解決策の一つとして、水素、アンモニア、合成燃料(水素と回収したCO2から合成した炭化水素)を含む水素エネルギーの増加が期待されていますが、世界全体を対象とした脱炭素社会の実現においてどの程度貢献し得るかは明らかにされていませんでした。

 本研究では、多くのシナリオでは、水素エネルギーの普及は主に費用面の障壁から2050年に5%程度の増加に留まり、電化やバイオマス利用がより効果的なオプションであることを示しました。一方で、ゼロ排出といった厳しい排出制約を伴うシナリオなど、特定の条件下においては、水素エネルギーは2050年までに最大で世界の最終エネルギー消費量の約15%まで増加し得ることが示されました。これらは、水素エネルギー、電力、バイオマスなど多様な脱炭素オプションについて、エネルギーシステム全体の費用・負担や社会受容性、インフラ整備の行程などを考慮した包括的な議論・政策の検討が必要なことを示唆しています。

Ken Oshiro, Shinichiro Fujimori, Role of hydrogen-based energy carriers as an alternative option to reduce residual emissions associated with mid-century decarbonization goals. Applied Energy 313, 118803, 2022  

https://doi.org/10.1016/j.apenergy.2022.118803

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図:世界の最終エネルギー消費量の推移。

水素にはアンモニアを含む。図右側の棒グラフは2050年の最終エネルギー構成を全シナリオについて示したもの。

 世界全域の2050年脱炭素シナリオの飢餓リスクの要因分解―森林が貯蔵する炭素に対する価格付けが食料安全保障のリスクになりうる―

ドキュメント

本研究成果は、2022年2月25日に、国際学術誌「Nature Food」のオンライン版に掲載されました。 

藤森真一郎 准教授、Wenchao Wu 国際農林水産業研究センター研究員、長谷川知子 立命館大学准教授、高橋潔 国立環境研究所副領域長らの国際共同研究チームは農業・土地利用分野で実施されうる気候変動対策による、国際農業市場及び食料安全保障への影響を分析し、この度Nature FoodのArticleとして掲載されることになりました。  

現在、脱炭素化は社会のあらゆる部門で求められるようになりました。将来の気候変動は極端な気象現象の頻度、強度、および空間的広がりを増大させると予想され、食料生産や農業分野にとって大きな懸念事項となっていますが、温室効果ガス削減も様々なリスクがあると考えられています。既往研究では、農業・土地利用分野の脱炭素戦略により食料価格が高騰し、食料安全保障に及ぼす潜在的な悪影響が指摘されてきましたが、主要な三つ(①メタン・亜酸化窒素削減費用の増加、②バイオエネルギー作物の生産拡大、③大規模植林)のうちどれが大きな影響力を持っているか明らかにされてきませんでした。今回、6つの世界農業経済モデルを使用して、これらの3つの要因が、脱炭素シナリオの下で農業市場および食料安全保障の状況をどの程度変化させるかを示しました。結果は、温室効果ガス削減対策を取らず気候変動対策を考慮していないことを想定した場合(ベースラインという)と比較して3つの要因全てを取り入れた場合では、2050年では国際食料価格は27%増加し、飢餓リスクに直面する人口もベースラインでの約4億1000万人からさらに1億1000万人増える可能性が示されました。そして、3つの要因のうち、大規模植林が大きな影響を与える可能性があることがわかりました。内訳をみると、追加的な飢餓リスク人口1億1000万人の発生要因は、約50%が大規模植林、33%がメタン・亜酸化窒素削減、14%がバイオエネルギー作物の生産拡大によるものと推計されました。これは、農業・土地利用部門で適切な脱炭素に向けた政策が必要であることを示唆しています。 


Shinichiro Fujimori, Wenchao Wu, Jonathan Doelman, Stefan Frank, Jordan Hristov, Page Kyle, Ronald Sands, Willem-Jan van Zeist, Petr Havlik, Ignacio Pérez Domínguez, Amarendra Sahoo, Elke Stehfest, Andrzej Tabeau, Hugo Valin, Hans van Meijl, Tomoko Hasegawa, Kiyoshi Takahashi, Land-based climate change mitigation measures can affect agricultural markets and food security. Nature Food 3, 110-121, 2022

https://doi.org/10.1038/s43016-022-00464-4 

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図1 気候政策として炭素税が農業・土地利用部門にかかった時に起こりうる事象

 大規模な二酸化炭素除去技術に依存しない温室効果ガス排出削減とそれが土地利用と食料システムへ与える影響

ドキュメント

本研究成果は、2021年10月8日に、国際学術誌「Nature Sustainability」のオンライン版に掲載されました。 

藤森真一郎 工学研究科准教授、大城賢 同助教、長谷川知子 立命館大学准教授らの研究グループは大規模な二酸化炭素(CO2)除去に依存せずに、パリ協定の1.5℃、2℃目標に相当する温室効果ガス排出削減を実施することによる土地利用・食料システムへの影響を明らかにしました。 

IPCCの1.5℃特別報告書で用いられたシナリオは、今世紀末の全球平均気温上昇のみをターゲットとし、現在から世紀末までの排出経路と気温変化の経路は規定されていませんでした。そのため、今世紀前半では排出をあまり削減せず、後半で急激に削減するようなシナリオも含まれていました。そのシナリオには、目標とする気温を一時的に超過するシナリオ(いわゆるオーバーシュート)、CO2回収貯留付きバイオエネルギー(BECCS)や植林等による今世紀末での大規模なCO2除去を必要とするシナリオを含んでおり、これらを推奨するリスクを残していました。そこで今回、CO2除去技術に依存しない排出シナリオを準備し、国際的によく用いられている7つの統合評価モデルを用いてモデル比較分析を実施しました。そして、今世紀後半の負の排出に依存せず、早期に排出を削減することによる、土地利用と食料システムへの影響を明らかにしました。その結果、早期の排出削減を行い、負の排出をしないシナリオ(ネットゼロ排出を長期間維持)では、今世紀後半のCO2除去を回避し、(温室効果ガス排出削減によって引き起こされる)劇的な土地利用変化を回避できることが示されました。さらに、劇的な土地利用変化を回避することで、今世紀末頃には食料価格の低下、飢餓のリスクの低減、灌漑用水の需要の低下などの便益が示されました。しかし同時に、今世紀半ばには大幅な排出削減が必要になり、エネルギー作物に必要な土地面積が増加し、食料安全保障のさらなるリスクをもたらす副次的な影響の可能性も明らかになりました。これは、CO2除去に依存せず気候目標を達成するには、必然的に早期かつ迅速な排出削減対策が求められますが、これも中期的には課題をもたらすことを意味しており、これらの問題に対処する方策を検討する必要性を示唆しています。 

Tomoko Hasegawa, Shinichiro Fujimori, Stefan Frank, Florian Humpenöder, Christoph Bertram, Jacques Després, Laurent Drouet, Johannes Emmerling, Mykola Gusti, Mathijs Harmsen, Kimon Keramidas, Yuki Ochi, Ken Oshiro, Pedro Rochedo, Bas van Ruijven, Anique-Marie Cabardos, Andre Deppermann, Florian Fosse, Petr Havlik, Volker Krey, Alexander Popp, Roberto Schaeffer, Detlef van Vuuren, Keywan Riahi, Land-based implications of early climate actions without global net-negative emissions, Nature Sustainability, 2021

https://doi.org/10.1038/s41893-021-00772-w

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以下のwebで紹介していただきました。

図:aは大規模な二酸化炭素(CO2)除去に依存しないケースの世界全体の農業・土地利用変化由来の温室効果ガス排出経路。 b,cは大規模なCO2除去技術に依存しないことによる世界全体の農業・土地利用変化由来の温室効果ガス排出と土地利用への影響(大規模なCO2除去に依存するケースとしないケースの差分を表す)。aの黒の実線(破線)はBECCS由来のCO2除去を含む(含まない)農業・土地利用由来の温室効果ガス(GHG)純排出量を示す。青と赤の縦線は世界全体のCO2排出と農業・土地利用由来のGHG排出が実質ゼロに到達する年を示す。土地利用由来のCO2排出・吸収には土地利用変化によるCO2排出と植林による吸収を含む。 

 将来の不確実性を考慮に入れた飢餓リスクとその対応策の算定

ドキュメント

本研究成果は、2021年8月10日に、国際学術誌「Nature Food」のオンライン版に掲載されました。 


藤森真一郎 工学研究科准教授、長谷川知子 立命館大学准教授、櫻井玄 農研機構上級研究員、高橋潔 国立環境研究所副領域長、肱岡靖明 同副センター長、増井利彦 同室長の研究グループは気候変動によって極端な気象現象が増加し、世界全体の将来飢餓リスクがどの程度増えるのか、またそれに備えるには食料備蓄がどの程度追加で必要になるかを明らかにしました。

 気候変動は、極端な気象現象の頻度、強度、および空間的広がりを増大させると予想され、将来の食料生産にとって重要な懸念事項となっています。しかし、これまでの研究では食料安全保障は確率的に表現した極端現象を対象とはせずに、平均的な気候変動下の想定で分析されてきました。今回本研究グループは作物モデルと将来の気候の不確実性を考慮に入れて、極端な気象現象が将来の食料安全保障に与える影響を推定しました。

 その結果100年に1回程度しか起こらない稀な不作について解析すると、世界全体の飢餓リスクは、2050年において平均的な気候状態と比べて温暖化対策なしケース、温暖化対策を最大限行い全球平均気温を2℃以下に抑えたケースそれぞれで20-36%、11-33%程度増加する可能性があることがわかりました。南アジアなどの所得が低く、気候変化に脆弱な地域では、上記のような影響に備えるために必要な食料備蓄量は、現在の食料備蓄の3倍にも上ります。本研究は今後の温室効果ガス削減の重要性を再確認するとともに、温暖化してしまった時に備える適応策の重要性も示しています。

 Tomoko Hasegawa, Gen Sakurai, Shinichiro Fujimori, Kiyoshi Takahashi, Yasuaki Hijioka, Toshihiko Masui, Extreme climate events increase risk of global food insecurity and

 adaptation needs, Nature Food, 2021

https://doi.org/10.1038/s43016-021-00335-4 

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以下のwebで紹介していただきました。

図:(左)世界の飢餓リスク人口の推計、(右)2050年の頻度分布を表していて、黒はベースライン、破線は中位値を表す。色は左図と同様のシナリオを表す。 

 水資源の制約が世界規模でのバイオエネルギー生産にもたらす影響を推定

ドキュメント

本研究成果は、2021年7月6日に、国際学術誌「 Nature Sustainability」に掲載されました。 


藤森真一郎 工学研究科准教授、AI Zhipin 国立環境研究所特別研究員、花崎直太 同室長、長谷川知子 立命館大学准教授、ポツダム気候影響研究所等の研究グループは、水資源の制約が世界規模でのバイオエネルギー生産にもたらす影響を推定しました。

 全球平均気温の上昇を2℃や1.5℃に抑えるには、21世紀後半に世界の温室効果ガスの排出量をマイナスにすることが必要です。その実現の方法として、二酸化炭素回収・貯留(CCS)付バイオエネルギー(BECCS)という技術がありますが、エネルギー作物を栽培するため広大な農地が新たに必要となります。このとき、農地を灌漑する(畑に水やりをする)ことによって収穫量を増やせば、必要な農地を減らすことができると考えられてきました。

 本研究グループは、詳細なシミュレーションを実施し、食料生産、生物多様性の保全、他の用途での水利用、水源の持続可能性などを考慮すると、灌漑はBECCSの最大実施可能量(栽培可能面積を最大限利用してエネルギー作物を生産してエネルギー利用・二酸化炭素回収・貯留を行うことで大気中から除去できる二酸化炭素量)をわずか5~6%しか高められないことを明らかにしました。

 Zhipin Ai, Naota Hanasaki, Vera Heck, Tomoko Hasegawa, Shinichiro Fujimori,  Global bioenergy with carbon capture and storage potential is largely constrained by sustainable

 irrigation, Nature Sustainability, 2021

https://doi.org/10.1038/s41893-021-00740-4 

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 孫は祖父母が遭遇しないような暑い日と大雨を何度経験するのか? -極端な気象現象の変化に関する世代間不公平性とその地域間不公平性の評価-

ドキュメント

本研究成果は、2021年6月1日に、国際学術誌「Environmental Research Communications」に掲載されました。 

   藤森真一郎 工学研究科准教授は、国立環境研究所、立命館大学の研究者と共同で、気候モデルによる気候変動予測データを解析し、祖父母世代が経験しないような暑い日および大雨(1960~2040年で最大の日最高気温および日降水量を超えるもの)をその孫世代が生涯(2020~2100年)で経験する回数について推計し、排出シナリオ別・地域別にその比較を行いました。 

        気候変動の緩和がうまく進まないSSP5-8.5シナリオでは、熱帯の一部地域で祖父母世代が生涯に経験したことのないような暑い日を孫世代が一生涯に1000回以上(日本では400回程度)、大雨の日を5回以上(日本では3回程度)、それぞれ経験しうることが示されました。さらに現状の一人当たりGDPや一人当たりCO2排出量と極端気象現象の経験回数の対比を行い、特に現状の一人当たりGDPや一人当たりCO2排出量が小さな国々で、SSP5-8.5下で高温・大雨をより多く経験する傾向があることを示しました。これは、気候影響への適応力の欠如の点からも、あるいはこれまでの気候変化への寄与・責任の小ささの点からも、高温・大雨に曝される気候影響が不公平性をより強化するものであることを示しています。一方で、パリ協定の2℃目標を実現できた場合(SSP1-2.6)、孫世代が直面する極端気象現象(世代間公平性の改善)だけでなく、国間の不公平性の強化の軽減(地域間公平性の改善)も併せて期待できることを示しました。 

 Hideo Shiogama, Shinichiro Fujimori, Tomoko Hasegawa, Kiyoshi Takahashi, Yasuko Kameyama, Seita Emori, How many hot days and heavy precipitation days will grandchildren

 experience that break the records set in their grandparents’ lives? Environmental Research Communications 3, 061002, 2021.

 https://doi.org/10.1088/2515-7620/ac0395 

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図:2020年に60歳だった祖父母の元に孫が生まれ、その孫が80歳まで生きると仮定した場合、祖父母が遭遇しないような暑い日を孫は生涯で何度経験するのかの予測。モデル群の中央値を示す。カッコ内の数字は1851-1900年から2080-2100年までのモデル平均した世界平均気温上昇量。

 世界各国の2050年の温室効果ガス削減目標を分析するための国際的な研究フレームワークの提案

ドキュメント

本研究成果は、2021年5月27日に、国際学術誌「Nature Climate Change」のオンライン版に掲載されました。 

 2015年に採択されたパリ協定は、産業革命前から今世紀末までの地球の平均気温の上昇を2℃よ十分低く保つとともに、1.5℃以下に抑えるような努力をすることで合意ました。この気候変動の抑制に求められる温室効果ガス(GHG)排出の大幅な削減については、日本でも2050年に100%のGHGの排出を削減することが首相より明言されており、他のいくつかの国も類似の長期目標を現在宣言しています。気候変動問題はその問題の特性上、長期的な視野に立った目標設定とそれに向けた施策実行が必要であり、その長期的な見通しとして研究者が作成する長期的なシナリオが用いられてきました。しかし、パリ協定では目標を5年毎に更新する仕組みができており、さらに近年、国が宣言する長期目標は2030年目標も含めると高頻度で改訂されるようになり(例えば2,3年に1度)、作成したシナリオがすぐに使えなくなるということが頻繁に起きるようになってきました。また、各国が気候政策をより真剣に考えるようになってきた今日、各国間での気候政策目標の違いやその意味、実現可能性や困難性、さらにエネルギーシステムや土地利用システムのマネジメント戦略等を比較評価分析することは必須と考えられます。

 そこで、本研究は、従来考えていなかったような、政策の不確実性に柔軟に対応できるようなシナリオの設計・フレームワークを提案しました。本提案は日本だけでなく界のどの国でも使うことができ、今後の世界の気候政策を後押しするのに有用であると考えられます。 

 Shinichiro Fujimori, Volker Krey, Detlef van Vuuren, Ken Oshiro, Masahiro Sugiyama, Puttipong Chunark, Bundit Limmeechokchai, Shivika Mittal, Osamu Nishiura, Chan Park,

 Salony Rajbhandari, Diego Silva Herran, Tran Thanh Tu, Shiya Zhao, Yuki Ochi, Priyardarshi R.Shukla, Toshihiko Masui, Phuong V. H. Nguyen, Anique-Marie Cabardos, Keywan

 Riahi, A framework for national scenarios with varying emission reductions, Nature climate change, 2021

  https://doi.org/10.1038/s41558-021-01048-z

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以下のwebで紹介していただきました。

急速な温室効果ガス削減による座礁資産を回避するための政策
―早期からの排出削減とエネルギー技術政策が効果的―

ドキュメント

本研究成果は、2020年9月18日に、国際学術誌「Sustainability Science」のオンライン版に掲載されました。 

日本は長期の温室効果ガス排出削減目標として、2030年に26%削減、2050年に80%削減という数値目標を掲げていますが、急速に排出削減を進めることは様々な負の影響を伴う可能性があります。その一つとして、火力発電など寿命の長い設備を耐用年数前に除却することが必要となる(いわゆる座礁資産)ことが、これまでの研究で指摘されていました。本研究グループは、日本を対象としたエネルギーシミュレーションを行い、急速な排出削減は発電設備等に留まらず、家庭・業務部門の空調・給湯機器も耐用年数前の除却が必要となる可能性を明らかにしました。ただしそれらの影響は、早期からの排出削減を行うこと、および電気ヒートポンプなどの低炭素機器への補助金などの技術政策によって、大幅に緩和できることを世界で初めて明らかにしました。

Oshiro, K., Fujimori, S. (2020). Stranded investment associated with rapid energy system changes under the mid-century strategy in Japan. Sustainability Science.  in press

https://doi.org/10.1007/s11625-020-00862-2

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生物多様性の損失を食い止め回復させるための道筋-自然保護・再生への取り組みと食料システムの変革が鍵-


ドキュメント

本研究成果は、2020年9月10日に、国際学術誌「Nature」のオンライン版に掲載されました。 

生物多様性の保全に関する様々な国際的な目標が掲げられている一方で、生物多様性は低下の一途をたどっています。さらに、今後の人口増加、食の多様化、食肉需要の増加など土地ニーズの増加を考えるとその傾向はより強くなることが懸念されます。本研究では、国際的に使われている複数の統合評価モデルと生物多様性モデルを用い、自然保護・再生と食料システムの変革に向けた取り組みの実施程度を変えた複数の将来シナリオ下で9つの生物多様性指標の変化を世界規模で比較しました。その結果、自然保護・再生と食料システムの変革に関わる様々な取り組みを同時に実施した場合、2050年までの世界の生物多様性の損失を抑制し、さらには回復へと導く可能性があることが、世界で初めて示されました。

D. Leclère, …, Hasegawa, T., …, Ohashi, H., …, Fujimori , S., …, Matsui, T., …, Wu, W.,ほか52名, Bending the curve of terrestrial biodiversity needs an integrated strategy, Nature 15,  2020

https://www.nature.com/articles/s41586-020-2705-y

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以下のwebで紹介していただきました。

電気自動車の完全普及によるCO2排出量削減の効果を解明 -パリ協定の気候目標達成には社会全体での取り組みが必須-

ドキュメント

本研究成果は、2020年2月19日に、国際学術誌「Environmental Research Letter」のオンライン版に掲載されました。 

現在の電気自動車の急速な普及によって、将来の自動車由来のCO2排出量は大きく変わることが予想されます。しかし、それに電気自動車がどのように貢献できるのかという問題はこれまで明らかとなっていませんでした。本研究では、電気自動車の導入状況と交通部門以外の排出削減努力の進展度合いによって6通りのシナリオを設定し、コンピューターシミュレーションを行いました。その結果、電気自動車の導入により、エネルギー消費量は減少することがわかりましたが、発電システムが火力発電に依存する現状のままでは将来のCO2排出量はほとんど変わらず、全体としては正味で増加してしまうことがわかりました。パリ協定の2℃目標を達成するためには、交通という単一セクターの限定的な取り組みだけでは難しく、社会全体での取り組みが必要であることを示唆しています。

Runsen Zhang, Shinichiro Fujimori, The role of transport electrification in global climate change mitigation scenarios, Environmental Research Letters 15, 034019,  February 2020

[https://doi.org/10.1088/1748-9326/ab6658]

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以下のwebで紹介していただきました。

生物多様性保全と温暖化対策は両立できることが判明 -生物多様性の損失は気候安定化の努力で抑えられる-

ドキュメント

Nature Communications誌への論文発表についてプレスリリースを発表しました。

(2019年12月4日)

パリ協定が目指す長期気候目標(2℃目標)達成のための温暖化対策が、森林生態系を含む世界の生物多様性に与える影響を評価し、その結果、2℃目標の達成により、生物多様性の損失が抑えられることを予測しました。

 温暖化を放置しておくと、気温上昇により生物の生息環境が悪化する恐れがあります。2℃目標達成のためには新規植林やバイオ燃料用作物の栽培といった土地改変を伴う温暖化対策が必要ですが、同時に生物のすみかも奪い、多様性を低下させてしまう可能性があります。

 本研究では、2℃目標達成のための温暖化対策「あり」と「なし」それぞれの場合における将来の生物多様性損失の度合を、複数の統計学的な推定手法を使って、世界規模で比較しました。その結果、対策「あり」で2℃目標を達成した方が、「なし」のままで温暖化が進行してしまった場合と比べて、生物多様性の損失を抑えられることが示されました。

Haruka Ohashi, Tomoko Hasegawa, Akiko Hirata, Shinichiro Fujimori, Kiyoshi Takahashi, Ikutaro Tsuyama, Katsuhiro Nakao, Yuji Kominami, Nobuyuki Tanaka, Yasuaki Hijioka & Tetsuya Matsui (2019). Biodiversity can benefit from climate stabilization despite adverse side effects of land-based mitigation. Nature Communications, 10:5240.

[https://doi.org/10.1038/s41467-019-13241-y

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日本のパリ協定に基づく長期戦略のためのエネルギーシステム変革にかかる費用

ドキュメントppt

Nature Communications誌への論文発表についてプレスリリースを発表しました。

(2019年10月21日)

藤森真一郎 工学研究科准教授、大城賢 同助教、白木裕斗 滋賀県立大学講師、長谷川知子 立命館大学准教授らの研究グループは、日本の長期的な気候安定化目標である2050年に温室効果ガス(GHG)排出量を80%削減する目標について、新しいシミュレーションモデルを用いて分析を行った結果、エネルギーシステムの変革などに必要となるマクロ経済損失(費用)が従来考えられていたよりも格段に小さいことを明らかにしました。

Shinichiro Fujimori, Ken Oshiro, Hiroto Shiraki, Tomoko Hasegawa, Energy transformation cost for the Japanese mid-century strategy, Nature Communications 10, 4737.October 2019 [https://doi.org/10.1038/s41467-019-12730-4

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以下のwebで紹介していただきました。


Nature Climate Change誌への論文発表についてプレスリリースを発表しました。

(2019年9月26日) 

藤森真一郎工学研究科准教授らの研究グループは、パリ協定で定めた国際的な気候変動対策目標である2℃目標を含む複数の異なる温室効果ガス排出の将来見通し、並びに異なる人口やGDPといった社会経済の将来状況の仮定の下での大規模なシミュレーションを実施し、地球温暖化によって生じる経済的な被害額の推計しました。 本研究によって、最も悲観的な将来の仮定の下では、21世紀末における地球温暖化による被害額は世界全体のGDPの3.9~8.6%に相当すると推計された一方、パリ協定の2℃目標を達成し、かつ、地域間の経済的な格差等が改善された場合には被害額は世界全体のGDPの0.4~1.2%に抑えられるという推計結果が得られました。また、特に開発途上国においては社会経済状況の改善が被害額(対GDP比)を小さく抑える効果があることもわかりました。

Takakura, J.y., Fujimori, S., Hanasaki, N., Hasegawa, T., Hirabayashi, Y., Honda, Y., Iizumi, T., Kumano, N., Park, C., Shen, Z., Takahashi, K., Tamura, M., Tanoue, M., Tsuchida, K., Yokoki, H., Zhou, Q., Oki, T., Hijioka, Y.(2019)  Dependence of economic impacts of climate change on anthropogenically directed pathways. Nature climate change 9, 737-741.

[https://www.nature.com/articles/s41558-019-0578-6

Nature Sustainability誌への論文発表についてプレスリリースを発表しました。

(2019年5月16日) 

大気熱環境工学分野・藤森准教授、長谷川知子 立命館大学准教授、高橋潔国立環境研究所室長の研究グループが将来の気候安定化目標と飢餓リスク低減を同時達成するための費用を明らかにしました。

全球平均気温の上昇を2℃以下に抑える、さらに1.5℃以下を追求するという気候安定化目標がパリ合意で掲げられ、人類社会の主要な目標の一つになっています。同時に、国連の持続可能な開発目標(SDGs)では飢餓撲滅も優先度の高い目標です。しかし、CO2排出量を減らす等の気候変動対策が意図せぬ形で食料価格上昇を招き、飢餓リスクを増やしてしまう可能性が従来研究で指摘されてきました。本研究では、2℃以下に気候を安定化した場合で、2050年まで食料安全保障に対する配慮を欠いた気候変動対策を行った場合は、1.6億人の飢餓リスク人口を増大させる可能性があることが確認されましたが、それに対してGDPの0.18%の費用でこの意図せぬ負の副次的影響を回避できる可能性を明らかにしました。これは今後の気候変動政策を検討する上で、土地利用や農業市場に対する配慮を合わせて行うことが必要であることを示唆しています。

Fujimori, S., Hasegawa, T., Krey, V., Riahi, K., Bertram, C., Bodirsky, B.L., Bosetti, V., Callen, J., Després, J., Doelman, J., Drouet, L., Emmerling, J., Frank, S., Fricko, O., Havlik, P., Humpenöder, F., Koopman, J.F.L., van Meijl, H., Ochi, Y., Popp, A., Schmitz, A., Takahashi, K., van Vuuren, D., (2019)  A multi-model assessment of food security implications of climate change mitigation. Nature Sustainability 2, 386-396.    [https://www.nature.com/articles/s41893-019-0286-2]

気候変動よりも温室効果ガス排出削減策の方が、食料安全保障への影響が大きいことを発見 -世界初の国際的なモデル比較研究による評価 (2018年08月02日)

藤森真一郎 工学研究科准教授は、国立環境研究所、国際応用システム研究所と共同で、2050年までの気候変動による作物収量への影響と、温室効果ガス(GHG)排出削減策による農業部門への影響の両方を、飢餓リスクの観点から世界で初めて評価しました。その結果、2050年時点では、前者よりも後者の方が飢餓リスクを高めることが分かりました。食料安全保障のためには、経済合理性に基づくGHG 排出削減策以外に、多様な政策オプションを取ることが望ましいことを示唆する成果です。

Hasegawa, T., Fujimori, S., Havlik, P., Valin, H., Bodirsky, B.L., Doelman, J.C., Fellmann, T., Kyle, P., Koopman, J.F.L., Lotze-Campen, H., Mason-D'Croz, D., Ochi, Y., Perez Dominguez, I., Stehfest, E., Sulser, T.B., Tabeau, A., Takahashi, K., Takakura, J., van Meijl, H., van Zeist, W.-J., Wiebe, K., Witzke, P. (2018) Risk of increased food insecurity under stringent global climate change mitigation policy. Nature Climate Change 8, 8, 699-703.    [https://doi.org/10.1038/s41558-018-0230-x]

Earth's Future誌への論文発表についてプレスリリースを発表しました。(2018年11月21日) 

温度上昇による労働生産性の低下を回避するためには地域によっては6時間の労働開始時間のシフトが必要となることがわかりました。現実社会でこのレベルでの時間のシフトは容易ではなく、適応策だけでなく、温室効果ガス排出削減を実施し、温暖化を回避することが必要な事を示唆しています。 

Jun'ya Takakura, Shinichiro Fujimori, Kiyoshi Takahashi, Tomoko Hasegawa, Yasushi Honda, Naota Hanasaki, Yasuaki Hijioka, Toshihiko Masui, Limited role of working time shift in offsetting the increasing occupational-health cost of heat exposure, Earth’s Future, 6, 11, 1588-1602, November 2018.     [https://doi.org/10.1029/2018EF000883]

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